膝枕

「あれっ?藤高もまだ残ってたのか。」

 

 

 

「少しだけ目を通しておきたい書類がありまして。」

 

 

 

「駅まで送るか?」

 

 

 

「ありがとうございます。でも、この後待ち合わせがありますので。」

 

 

 

 

藤高さんは、にこやかに答えると深々とお辞儀をして駅の方に歩き始めた。

 

 

 

「若い人だったね。」

 

 

 

「あぁ、藤高のことか?確か透と同い年だったと思う。営業部の社員だよ。」

 

 

 

「ふーん。」

 

 

 

私がシートベルトを締めると、恭太さんは静かに車を動かした。

 

 

車の中で他愛のない話をしながら家に帰る。

 

 

 

 

私はこの時間が好きだ。

 

 

 

 

会社では上司と部下だけれど仕事が終わると私たちはこうして幼なじみに戻る。

 

 

 

恭太さんは持ち前の社交性から会社でも人望があって、仕事中も、プライベートもあまり変わらない。

 

「さて、お姫様自宅に着きましたよ。」

 

 

 

「何言ってんの。」

 

 

 

「ここは素直にのるところだろ。」

 

 

 

「じゃあ…ありがとうじいや?」

 

 

 

「せめて王子様が良いんだけど。」

 

 

 

 

確かに。

 

 

 

 

そう言って笑いながらエレベーターに乗り込む。

 

 

 

 

私と恭太さんの家は歩いて行ける距離にある。

 

 

 

 

小学校1年生の時に父が他界してから私とお母さんがこのマンションに引っ越してきた。

 

 

 

その時、恭太さんは小学校6年生で、たまたま母親通しが仲が良かったせいか、恭太さんは私の面倒をよく見てくれた。

 

 

 

 

そして時間があるときには私たちの部屋にご飯を食べにくる.

 

「ただいま。」

 

 

 

「お帰りさない。今日は恭太君も一緒なのね。カレーすぐに温めるから着替えてらっしゃい。」

 

 

 

「おっ、優さんのカレー上手いですからね。」

 

 

 

 

そう言うと恭太さんはリビングに腰を下ろす。

 

 

 

 

私はスーツを脱いで部屋着に着替えると結んでいた髪の毛をほどく。

 

 

 

 

 

リビングに戻ってテレビを見ていると恭太さんが私の隣に腰かけた。

 

 

 

 

 

彼の重みで少しだけソファーが沈み込む。

 

 

 

隣から感じる体温と、香水の香りに胸の鼓動が早くなる。

 

 

私はそれを悟られまいと何も情報の入って来ないテレビに意識を集中する。
「なぁ、透。」

 

 

 

「何?」

 

 

 

「ちょっと膝貸して。」

 

 

 

「何で?」

 

 

 

「いいから。」

 

 

 

私がそろそろと体育座りを崩すと、恭太さんは私の膝に頭を乗せて横になった。

 

 

 

 

「いい歳して、膝枕とか。」

 

 

 

「あれだよ、お父さんとかにしてあげるだろ。」

 

 

 

「しないよ。多分この年になってお父さんに膝枕してたらキモいよ。」

 

 

 

「そうか。キモいのか…。」

 

 

 

 

恭太さんはそう言ってケラケラ笑うと、そのまますやすやと寝始めた。

 

 

 

膝がじんわりと温かい。

 

 

 

 

「お母さん、恭太さん寝ちゃったんだけど。」

 

 

 

「あらあら、相当疲れてるのね。」

 

 

 

「もう少ししたら起こすからひざ掛け貸して。」